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15592円
サイズ: 200W×200H×20T

文字色: 白

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素 材: バイオレット


仕様: 彫刻

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書 体: スーベニア

取付方法: 裏穴付(8φ×2)
重 量: 2.5kg

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 ロックはバカものの、心意気の音楽である。そんなことを示し続けてきたギタリスト/シンガー(ピアノも少し弾いた)であるシルヴェイン・シルヴェインが癌で亡くなった。晩年はナッシュヴィルに住んでいたという。1970年代初頭、日本ではグラム・ロックの流れで紹介されたニューヨーク・ドールズのケヴァいギタリストとして世に出て、同僚のデイヴィッド・ヨハンセンやジョニー・サンダース(1991年死去)らとともに気を吐いた。1979年以降は、何作も何気にポップな自己R&R作を出している。ある意味、米国的な好ましい破茶滅茶さを出していたいた人(と書くと語弊があるかな)ではあったが、彼は移民の子だった。本名はシルヴァン・ミズラヒ。小さい時期にユダヤ系エジプト人の両親とともにカイロを出て、フランスを経てニューヨークに定住した。彼の心地やふまいにはそういう移民の国たる合衆国の襞が見え隠れしていると考えると、もう一つの余白が見えてくるかもしれない。

<今日の、そうだったのか>
 マックPCで二つの指でクリックする使い方があるのを初めて知った。それ、itunes/アップル・ミュージックのプレイリストを送る必要性にかられて、ははは。

 ヴァニラ・ファッジ(1967〜1969年)、カクタス(1970〜1972年)、ベック・ボガード&アピス(1973〜1974年)……。ベック・ボガード&アピスのベックとは、ジェフ・ベック(2009年2月6日、2015年9月27日)のこと。それは、彼がボガートとアピスの米国人リズム隊に惚れ込み、切望して組まれたトリオだった。といったように、不滅のという形容もしたくなる錚々たるロック・バンドのベーシストを務めたティム・ボガートが癌で亡くなった。先に触れた単位でしっかりとリズム・セクションを組んだドラマーのカーマイン・アピスがFacebookで公にしたという。晩年は妻や娘とホノルルに住んでいたよう。なお、アピスとの関係は50年を超える。

 ボガートというと、ハード・ロック・バンド畑ながら〜相棒のアピスはそれに似合うワイルドな風貌をしていた〜、けっこう文化系/草食系のルックスの持ち主であったことが思い出される。なんでも元々は管楽器をやっており、ロックではそちらの楽器の需要はあまりないためにエレクトリック・ベースに転向したという経歴を持つそうな。まだ、管楽器の方が合うルックスの人だったかもしれない。だが、どう猛なアピスのドラムと噛み合う雄弁なベースは讃えらえてしかるべきものだ。

 とともに、ぼくがボガートというと思い出すが、カーマイン・アピスもそうだったが、朗々めで少し高音のヴォーカルも担当したこと。彼はベースを弾きながら、歌う人だった。個人的は、ベック・ボガート&アピスでのそれは印象深いな。同トリオは日本公演がレズリー・ウェストが率いたマウンテンとともに、1873年大阪厚生年金会館におけるそれぞれの公演がCBSソニー主導で録音され、2枚組アルバムとしてリリースされた。それは、当時のロック小僧としては誇らしい気持ちを与えた事象であった。

  ボガートとアピスはロッド・スチュアート(2009年3月11日)の1980年作『フーリッシュ・ビヘイヴィアー』(リヴァ/ワーナー・ブラザース)にもコンビで部分参加。1990年代に入るとヴァニラ・ファッジは再結成され、それにもアピスと参画したはず。1999年にはヴァニラ・ファッジが来日しているが、それに入っていたかはとんと記憶がない。悪くないライヴであったと記憶するが。アピスとのコンビで、リック・デリンジャーやChar (2002年3月12日、2008年4月20日、2008年6月12日、2008年10月5日、2009年7月25日、2017年7月31日、2018年4月6日)やスペイン人ギタリストのハビエル・バルガスとのトリオを持つこともした。

 2014年には、ボガート・アピス&フレンズによるセルフ・タイトル作(Purple Pyramid)をリリース。いろんな人が入るなか、TMスティーヴンス(2001年10月31日、2011年8月12日、2012年5月31日)もベースで1曲参加。ボガートは2010年のバイク事故のため、ベースを巧く弾けなくなったという話もある。同作にはアリシア・キーズ(2008年8月10日)のデビュー作に入っていたブルージー曲「フォーリン」のカヴァーも収められていた。

▶︎過去の、ジェフ・ベック

http://43142.diarynote.jp/200902080200527638/


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▶︎過去の、レスリー・ウェスト

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訃報
▶︎過去の、チャー

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 マイク・クラーク・バンド

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http://43142.diarynote.jp/200806180850060000/


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http://43142.diarynote.jp/?day=20090725


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https://43142.diarynote.jp/?day=20180406


▶︎過去の、T.M.スティーヴンス

http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2001-10.htm


http://43142.diarynote.jp/201108131129381378/


http://43142.diarynote.jp/?day=20120531


▶過去の、アリシア・キーズ

http://43142.diarynote.jp/?day=20080810



<今日の、晴れのち雨>
 昨日、今日と、昼間は暖かい日。運動不足も気になるし、やはり外出したくなる。バーをやっている知人と話したが、こじんまりとした業務体系でしている場合は1日6万円の援助はアカにならないそう。あ、そうなの? 別な店では日経新聞朝刊の元旦スペシャル・イッシューに書いた原稿がよかったと褒められる。ふふ、すぐに木に登るぼく……。前回の緊急事態宣言がされたときと同じくライヴはなくなるのかと思ったら、時間を早めに前倒ししてするハコも少なくないようで、それはうれしい。あさって土曜は20度近くまで気温が上がるとも言われていて人出指数が上がりそうだが、おとなしく粛々と室内作業をしようか。しかし、いいかげん五輪中止がアナウンスされないものか。そっちに向ける力を国民の生活のほうに向けなきゃ。私欲とメンツにかられたくそじじいども、アホか。米国や英国などではすでに予防接種が始まっていることが伝えられており、本当に確かな効力を持つのかとか副作用はないのかとか疑念はなくはないが、もし五輪やるとしたらどんな国よりも先に日本は広く予防摂取を始めなきゃウソだ。PCR検査さえ楽にできない国としては、それも当たり前といえば当たり前だが。なんか、変すぎる。

 ボブ・スチュワート(1945年生まれ)と並んでチューバという低音の管楽器を巧みに演奏する最たるジャズ・ミュージシャンである、ハワード・ジョンソンがお亡くなりになった。オハイオ州の中学校でまずバリトン・サックスを吹き、同じ低音楽楽器ということで見よう見まねでチューバも上手に吹くようになり、マーチング・バンドでも活動。高校卒業後に海軍に入りボストンに居住、その際に当時天才と呼ばれていた14歳のトニー・ウィリアムズと知り合い、またバークリー音大の学生たちとも付き合いを持った。除隊後、2年のシカゴ居住を経て、ニューヨークに彼は向かった。ニューヨークに住むまで、彼はちゃんとチューバを所有したことはなかったという。ここのところ、ずっと闘病中であったそうだ。

 1960年代上半期から、いろんな人たちのレコーディング・セッションに関わる。アーチー・シェップ、チャールズ・ミンガス、ハンク・クロフフォード、ゲイリー・バートン(2005年8月21日、2011年7月20日)、フレディ・ハバード、マッコイ・タイナー(2003年7月9日、2008年9月10日、2011年1月12日)、タージ・マハール(2000年10月12日、2007年4月6日。彼と近い関係にいたころはロサンゼルスに居住したこともあった)、ラサーン・ローランド・カーク、ギル・エヴァンス(ハワードはメンターであると言っている)・オーケストラ、メルヴィン・ヴァン・ビープルズ、ファラオ・サンダース(2006年8月23日、2009年7月8日、2003年4月22日)、サド/メル・オーケストラ、チャーリー・ヘイデン(2001年11月20日、2005年3月16日、2009年9月10日)・リベレーション・オーケストラらは、1970年代初頭までに関与した人たち。その後も、いろんな人たちの表現を人間味のある低音で助けた。意外なところでは、ジョンソンはウッドストックに住んでいたこともありザ・バンドの『ロック・オブ・エイジズ』や『ラスト・ワルツ』というライヴ・アルバムに菅セクションの一員として入った(リヴォン・ヘルムのRCOオールスターズにも参画。同バンドの1978年来日公演にも同行している)り、ジャック・ディジョネット(2001年4月30日、2003年8月23日、2007年5月8日、2014年5月22日、2015年9月5日)のスペシャル・エディションの『アルバム、アルバム』(ECM、1984年)にも管楽器/管アレンジャーとして関与している。

 彼はハワード・ジョンソン&ザ・ヌビアというリーダー・グループを組み、『Arrival: A Pharoah Sanders Tribute』 (Verve)を1994年にリリース。続いて、よりチューバ音の効用/ソロ能力に目を向けたハワード・ジョンソン&ザ・グラヴィティ名義で『Gravity!!! 』(Verve、1995年)と『Right Now』(同、1998年)を発表した。その95作にはハワード・ジョンソンら当人以外の5人のチューバ奏者を呼び(オープナーはドン・プーレンのセカンド・ライン調も少し入るファンキー名曲「ビッグ・アリス」だった)、98年作には朋友タージ・マハールをフィーチャーする曲もあった。もともとチューバ奏者の重なりを求めたザ・グラヴィティのアイデアはかなり前から持っていたらしい。遺作は、やはりザ・グラヴィティによる『Testimony』 (Tuscarora、2017年)だった。

 ジョンソンはジョン・レノンとも付き合いを持った。彼はレノンの『ウォールズ&ブリッジズ』(キャピトル、1974年)のレコーディングに何曲も関わり、「スケアード」では彼のバリトン・サックスのソロが入れられている。レノンはハワードの才覚に感服し、“Hornspiration”という言葉を贈ったという。また、彼とオノ・ヨーコ(2018年9月11日)の『ダブル・ファンタジー』(キャピトル、1980年)にもジョンソンは参加している。

 「私は低音の肝を知っているんだ。——私たちの教会の聖歌隊の低音の声、私の叔父の家の床から聞こえた音。彼はジューク・ジョイントの上に住んでいて、私が夜に床で寝ると、ベース・ラインがとてもよく聞こえてきた。そして、それはとっても満足感を与えたんだ」(ロール・オンラインのケイ・コーツによる、2017年のインタヴューより)。とっても、円満な顔つきの人でした。

▶︎過去の、ゲイリー・バートン

https://43142.diarynote.jp/200508230545510000/


https://43142.diarynote.jp/201107230819362417/


▶過去の、マッコイ・タイナー

http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-7.htm


http://43142.diarynote.jp/200809111754413101/


http://43142.diarynote.jp/201101131336421886/


▶︎過去の、タージ・マハール

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http://43142.diarynote.jp/200704112101130000/


http://43142.diarynote.jp/200806121400260000/


▶︎過去の、ファラオ・サンダース

http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-4.htm

4月22日

https://43142.diarynote.jp/200608271341340000/


https://43142.diarynote.jp/200907131200224908/


▶過去の、チャーリー・ヘイデン

http://www.myagent.ne.jp/~newswave/LIVE-2001-11.htm


http://43142.diarynote.jp/200503240453290000/


http://43142.diarynote.jp/200909120650273142/


▶︎過去の、ザ・バンド関連の記載

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下の方の<>内

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ハドソン夫妻

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ザ・ウェイト・バンド

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映画
▶過去の、ジャック・ディジョネット

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▶︎過去の、ジョンとヨーコを扱う映画

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ショーン・レノンの、両親を語るインタヴュー付き

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 「DOUBLE FANTASY John &Yoko」展
▶過去の、ヨーコ・オノ

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新作

<今日は、いちだんと冬だ>
 寒いーー。曇天で陽が差ささないと、余計にそう。雪が降るとも言われていたが、それはないかな。そういえば、寒さと関係ないだろうけど、昨日は夕刊が未配だったなー。窓越しに外を見ると、少し先に川に蓋をした遊歩道があるのだが、早朝というのにジョギングをしている人が見える。なんか、別の惑星にいる住人を見る思い……。と、大げさに書いておこう。とか言いつつ、アイスクリームを食べる。昨年の夏頃から、けっこう消費量が多い。カロリー/健康的にはよくないんだろなー。

 初台・東京オペラシティのリサイタルホール。いちおう駅直結の地下1階にあるが、かなり奥の方にあり分かりづらい。だいぶ前にここの楽屋でインタヴューしたことがあって、なんとなく勘が働きすんなり行けたが、着くまでこれでいいんだっけと疑心暗鬼であった。

 すごいものものしい公演名が付けられているが、ようはソロ・ピアノよる公演だ。桑原あい(2013年9月8日、2016年12月7日、2017年7月8日、2017年9月29日、2018年12月21日、2019年1月21日、2019年4月26日、2019年4月27日、2019年4月28日)の4月に出る『Opera』(ユニバーサル)はソロ・ピアノ作で、その音はぐうぜん今日の昼間に届いた。自作曲は一つで、あとは他人曲を演奏する。クラシック素養を出すなどアートな志向も持つそこで忌野清志郎(2004年10月19日、2005年7月29日)の「デイドリーム・ビリーヴァー」(好きな曲なんだそうだ)をクローザーとして置いており、録音は昨年11月にこの会場で、ここにあるスタンウェイ&サンズのピアノを使い録音されたのだという。

 ある種の覚悟(と、書くと大げさになってしまうが)のもと、指を動かす。新作は仕事場で流れるものを、居間で別作業をしながらぼんやり1度聞いたが、選曲をはじめアルバムの内容とそれほど重ならない方向だとぼくは聞いた。それは、即興音楽演奏家として正しい。MCで、取材で好きなピアニストはと問われるとミシェル・ペトルチアーニとアート・テイタムとリチャード・ティーの3人の名を挙げると言う。何度か彼女にはインタヴューしているが、それは知らなかった。そういう質問を、ぼくはあまりしないからな。似たスタンスの人はという問いはするものの。新作には入っていない彼女のグルーヴィな自作曲「Somehow It’s Been a Rough Day」も演奏しその際は左手が大胆に効いていて、なるほどティー好きの片鱗を感じたか。

 ジャズ・ピアニストにとって、ピアノ・ソロによるアルバムを作るというのは覚悟のいることだろう。2018年にECMに移籍したシャイ・マエストロ(2012年3月12日、2016年1月4日、2016年6月11日、2016年6月11日、2017年9月3日、2017年9月6日、2018年11月12日)も一瞬移籍作はピアノ・ソロ作にしようかとも思ったが、もう少し機が熟すまでとトリオで録音することにした、というようなことを言っていた。上の大学には進まず音楽高校を出て現場で勝負とピアニスト活動を始めた桑原にとって新作は10作となり、20代最後のアルバムになるようだが、どんな心持ちのもとピアノ・ソロ作を出すことにしたのだろう。

 ところで、ステージに現れた桑原は、「こんな時期にコンサートをやっていいのか迷った」というようなことをまず話す。すると、大きな拍手が湧き、彼女は涙ぐむ。……。ああ、昨年夏季のようにまたコンサートがとっても貴重なものになるんだなあと思わずにはいられなかった。

▶︎過去の、桑原あい

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▶過去の、忌野清志郎

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訃報に接し、、
▶︎過去の、ミシェル・ペトルチアーニ関連

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映画

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 パリでの追悼公演
▶︎過去の、シャイ・マエストロ

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<今年の、始まり>
 新型コロナ・ウィルス感染者、東京で1500人越え。昨年4〜5月にビビりながらこもっていた時期(マスクも消毒液も購入しづらかったしなー)だって感染者200人を超えた日はほぼなかったはずで、うううむ。この6日はいくつか興味深い公演があり、どれかには行こうと思っていたのだが、さすがこの人数だと少し躊躇するところはある。12月中旬に濃厚感染者もどきになり、保健所の指導でPCR検査を受け〜

https://43142.diarynote.jp/202012241152462589/

〜、本当にどこで接触者になる分からないということを身を以て体験している者としては。とはいえ、明日には首都圏には緊急事態宣言が発令されるというので、そうすると去年の3月下旬のときのようにライヴは軒並みキャンセルになってしまうわけで、今日は注意を払いつつ行っておくべきと判断した。本日から始まる昨年から続く上原ひろみのブルーノート東京公演は今日から中止になったという。知り合いのバーは午後2時〜午後8時という枠で営業するようになるようだ。
 ということもあり、一番密になりそうにない天井が高く、広い会場のライヴを選ぶ。家からは片道5キロ、さすが寒空のなか歩く根性はなく(風邪をひいたら本末転倒だ)、今年初めて電車に乗る。一応すいてそうなルートを選んだら、行きも帰りも座ることができた。それは同じ私鉄を乗り継ぐので値段も安い。会場入場時は装置に手をかざして、体温が計られる。35.7度。やはり非接触型のそれは、体温が低めにでるよなー。ま、自分なりに誠実に、わがままに行きます。

1. Someday My Prince Will Come (Alternate Take)/Miles Davis Sextet 『Someday My Prince Will Come』(Columbia,1956年)
2. She’s Leaving Home / McCoy Tyner 『A GRP Artists’ Of The Songs Of The Beatles』(GRP,1995年)
3. Spain(I Can Recall) / Al Jarreau 『This Time』(Warner Bros.1980年)
4. It Don’t Mean A Thing / Tony Bennett & Lady Gaga 『Cheek To Cheak』(Clumbia,2014年)
5. A Child Is Born / Thad Jones & Mel Lewis 『Thad Jones / Mel Lewis』(Blue Note,1975年)
6. Sentimental Journey / Beegie Adair 『My Piano Journey』(Green Hill,2010年)
7. Girl Talk / Ramsey Lewis 『The Movie Album』(Cadet,1966年)
8. Smile / Jacky Terrason 『Smile』(Blue Note,2002年)
9. Misty / Erroll Garner 『Plays Misty』(Mercury,1961年)
10. From This Place / Pat Metheny 『From This Place』(Nonesuch,2020年)

 まず、ジャイヴ・レコード初期の代表ラップ・チームであるフーディーニの中心人物であったジョン“エクスタシー”フレッチャーがお亡くなりになった。12月23日に56歳で、アトランタで死去。“剛”のラン・D.M.C.(2000年7月29日)、“愛想のいいフーディーニ”なんでも言われた在ニューヨークの連中で、うまくシンセサイザーを使ったトラックを用いていた。その1983年セルフ・タイトルのデビュー作にはクラフトワーク(2002年12月13日)他のプロデュースで知られるドイツ人大制作者のコニー・プランク(1940〜87年)が関わった曲も2曲(「Nasty Lady」と「Rap Machine」)入っていた。同作には、トーマス・ドルビー(2012年2月18日)制作曲も2つ収められた。基本2MC1DJのチームだったが、フィレッチャーは一番格好が良かった。かつてそのグループ名はハンガリー出身の稀代の奇術師であるハリー・フーディーニから取られたと言われたりもしたが、ハリーさんの方のスペルはHoudiniで、彼らはWhodini。スウェーデンのアウトドア衣料メイカーは前者と同じ綴りですね。
▶過去の、ランDMC

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▶︎過去の、クラフトワーク 13日

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https://43142.diarynote.jp/202005070812126303/

メンバーの訃報
▶︎過去の、トーマス・ドルビー

https://43142.diarynote.jp/201202200901013744/



 少し遡ると、12月12日にはロック側にも出張った活動(ex.ザ・ストゥージーズ)も少し認められる現代/前衛音楽の作曲家/ピアニストであるブルー“ジーン”ティラニーが12月12日に逝去。ニューヨークのホスピスで糖尿病の合併症で亡くなったという。1945年1月1日生まれだった。絡んだ人は、ぼくの馴染みのある方では、カーラ・ブレイ(1999年4月13日、 2000年3月25日)、ローリー・アンダーソン、ジョン・ケイジ、ピーター・ゴードン(2004年2月13日)など。近い間柄であったロバート・アシュリーのAll Music Guideの項のバイオを書いているが、キュレイター/批評家気質も抱えていた彼は同サイトのライターを務めてもいた。それほどティラニーについて詳しくはないが、1970年代のアルバムにはドラムやギターなどを使う反復系のアルバムもあったし、シンガーを起用するのも嫌いじゃなかったはずだ。
▶過去の、カーラ・ブレイ

http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live1.htm


http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-3.htm


▶︎過去の、ピーター・ゴードン

https://43142.diarynote.jp/200402171832080000/



 また、ブルーグラス界の巨人アコースティック・ギタリストであるトニー・ライスも鬼籍入りした。1951年6月8日〜2020年12月25日。ヴァージニア州生まれで妻と住んでいたノース・カロライナ州リーズヴィルで亡くなったが、死因は発表されていない。カントリー&ウェスタンやブルーグラスにはほとんど触れてきおらず、ライスのこともほぼ聞いてきていないぼくではあるが、デイヴィッド・グリスマンのバンドを経てソロとなって出した1970年代末のデビュー作から日本盤が出ていて、その名前には親しみがある。また、彼の名を見ると、現在はコンコード傘下にあるラウンダー(いろいろサブ・レーベルがあったな。1990年代にはニューオーリンズ・ミュージックに特化するものもあった)やシュガーヒルというレーベルを思い出すか。なかにはシンガー・ソングライター的なアルバムもあったような気もするが、来年はもう少しブルーグラスとジャズの抜き差しならぬ関係を見てみたいと思ったりもする。その項目も、ライスは抱えていたかな? かつてのゲイリー・バートン(2005年8月21日、2011年7月20日)からまで近年のジェリアン・ラージ(2005年8月21日、2009年6月24日、2011年7月20日、2017年2月1日、2017年11月13日、2018年12月11日、2019年9月2日、2019年9月3日)まで、ブルーグラス関連とのやりとりを見せた冴えたジャズの担い手は散見できるから。
▶︎過去の、ゲイリー・バートン

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https://43142.diarynote.jp/201107230819362417/


▶過去の、ジュリアン・ラージ

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<今年の、総括>
 間違いなく、例年とは違った1年だった。酒量はいつもの100分の1以下だろう。だって、夜遊びしなくなったから。その主となるものはライヴ(+アフター)であったが、まずそれが大幅に減った。人に言うと驚かれるが、だいぶ前からなぜか家飲みはあまりしなくなったので飲酒の量は飛躍的に減った。311のときも一時外出が大幅に減り、その際は家飲みが一時復活したけど、今回は家飲みの復活はなかったなあ。そんなにストレス感じていない。と、判断するしかない。年をとってきていろんな欲望が減衰してきているのかもしれないし、頭のなかでうまく生理をコントロールする術を身につけてきているのかもしれない。とはいえ、311のときは財布を落として凹んだが、今回は8月に12月に購入したばかりのアイフォンを落として大変だった。バックアップを取っていなかったので、多くの方々の電話番号が消えた。でも、人と会う機会が激減しているので、不便はほぼ感じていない。と、思ったら、入れた記憶はないのだが、マック・ブックの連絡先にそれなり人数の電話番号が残っていた。とはいえ、無精ゆえ、それを新たに電話機に入れようとは思わない。今のところは。
 結局、人生をリセットしなさいと言われたような1年であったという観を得ている。

 1970年代頭にかなりの人気を博したハード・ロック・トリオである、マウンテンのフロントに立ったギタリスト/シンガーのレズリー・ウェストがお亡くなりになった。当時、なかなかの顔役でザ・フー(2008年11月17日)やミック・ジャガーやキース・リチャーズらと絡んだこともあった。生まれ、拠点にしたのはニューヨークだったが、いつ頃からか自動車レースで知られるマイアミ州デイトナビーチに住んでいたようだ。数日前に心臓発作を起こし、心停止したという。レスリー・ウェストというと真っ先に思い浮かぶのは、太っちょ。ということ。その風体のもと豪快なハード・ロックを聞かせたが、一方で「テーマ・フォー・アン・イマジナリー・ウェスタン」のような美曲をやったりもしたよな。
 
 そのマウンテンのプロデューサーでありベーシストは、ウェストとヴォーカルを分け合った(先の「テーマ・フォー〜」は彼が歌っているのかな?)フェリックス・パパラルディ。大学でクラシック教育を受けた彼はマウンテン結成以前に、ヤング・ブラッズやクリームをプロデュースしたりして、名のある人物だった。竹田和夫のクリエイションが、彼にプロデュースしてもらったときは驚いた。ウェストの訃報に接し、パパラルディはすでに亡くなっているよなと思ったら、1983年4月没。そんな大昔であったのか。ちょうど、ぼくが就職したときだ。クリームの曲「ストレンジ・ブルー」にクレジットを残した奥さんのゲイル・コリンズ・パパラルディに射殺されてしまったのか……。マウンテンにも歌詞を提供したゲイル・コリンズは、2013年にメキシコのリゾート地で癌治療中に亡くなった。

 レスリー・ウェストは、2000年代に入るとオランダの著名ブルース・ロック・レーベルであるウロヴォーグから4作品を発表。2011年には糖尿病で右下肢の切断もしいられた。近作となる2015年作『Soundcheck』にはクリームもカヴァーしたウィリー・ディクソンの「スプーンフル」を取り上げていて、そこには前年に亡くなった旧知のジャック・ブルース(2008年12月16日)をフィーチャー。そのアルバム、ザ・ビートルズの「エリナー・リグビー」を1人ギターで弾いたり、「ユー・アー・マイ・サンシャイン」をしんみり歌ったりもしている。先に触れた、「テーマ・フォー〜」はジャック・ブルースの1969年曲だ。ウェストが1960年代半ばに組んでいたザ・ヴェイグランツは著名コンピレーション『Nuggets: Original Artyfacts from the First Psychedelic Era 1965-1968』(Elektra 、1972年)に曲が入っているが、それはオーティス・レディング「リスペクト」のカヴァーだった。

▶︎過去の、フェリックス・キャヴァリエ/ヤング・ラスカルズ

http://43142.diarynote.jp/201009171756396188/


https://43142.diarynote.jp/201608020802517108/


▶過去の、ジャック・ブルース

http://43142.diarynote.jp/?day=20081216


▶︎過去の、ザ・フー

http://www.myagent.ne.jp/~newswave/LIVE-2001-11.htm

ジョン・エントウィッスル 2001年11月9日

https://43142.diarynote.jp/200810010211566772/

映画

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▶︎過去の、ストーンズ関連

http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-3.htm

3月15日

http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-3.htm

3月13日(バック・バンド)、15日

https://43142.diarynote.jp/201904200941516964/



<今日の、1枚>
 ディスク・レヴューを頼まれた、ディズニー映画『ソウルフルワールド』のサウンドトラックを聞いている。その柱となる音楽提供者はトレント・レズナーと英国人アッティカス・ロスのナイン・インチ・ネイルズ(2000年1月11日、2005年8月13日)組と、ニューオーリンズ出身で在NYのピアニスト/シンガー/プロデューサーであるジョン・バティステ(2010年6月13日)。レズナーとロスはいろいろと映画音楽に絡んでいるが、ディスニー映画にも関わっていたのか。そちらは、アンビエント&淡いピコピコ系の音の波と形容したくなるもの。一方、ここ10年で活動範囲をぐわーんと広げている曲者バティステのほうはジャズの語彙を使い、多様に迫る。本人が歌うザ・インプレッションズ曲「イッツ・オールライト」のカヴァーもある。また、コディ・チェスナット(2013年10月24日)による生ギター弾き語り曲も同作には収録されている。今年、バティステはヴルフペックの刻み大王ギタリストのコリン・ウォンとの連名作『Meditations』を出した。ウォンの自主リリースとなる同作は、バティステの静謐なアコースティック・ピアノ演奏が聞けるアルバムで、音大出のコリン・ウォンは漂う最小限のギター音を提供している。やっぱり、2人とも素敵にとらえどころがない。

▶︎過去の、ナイン・インチ・ネイルズ

http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-1.htm


https://43142.diarynote.jp/200508152007550000/


▶︎過去の、ジョン・バティステ

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▶︎過去の、コディ・チェスナット

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 12月21日午後に、中野富士見駅にあるキリスト教系病院から電話が入る。それ、先週15日に母親の将来のホスピス入所を見越して面談に行ったところ。11日にも、別な病院のホスピス面談をしている。それも、キリスト教系。ホスピスを持つ病院って、それ系が多いのだろうか。ともに、ケア付き高齢者用住居に住んでいる母は同行していない。この件については年子の姉主導で動いているが、母がかかっている別の病院の医者の勧めによる。ホスピスはいつも満床なので、事前に複数のところに登録するのが普通なことらしい。

 「当院でコロナ患者が出まして、世田谷保健所から連絡が行くと思います」というのが、その病院からの電話の内容。わあ。その1時間強後、今度は杉並保健所から電話。15日にぼくたちに対応した医者がコロナにかかり、濃厚接触者とはならないものの20分以上お話しているので、PCR検査が必要になるとのこと。これから世田谷保健所にデーターが回され、改めて世田谷保健所から連絡が行きますと伝えられる。

 肝心の世田谷保健所からは、翌22日の19時半過ぎに電話がある。そして、23日に三軒茶屋の施設でPCR検査を受けることとなった。←強制ではないんですけどと言われたものの(ソレデイイノダロウカ?)、普通は受けるよな。万が一のことを考え、とにかく周りに迷惑をかけることはしたくない。電話で、ぼくが病院の後にどう行動し、誰と会ったかとかは一切聞かれず。おそらく、陽性が確認された時点で尋ねられるとは思うが。予約制で混雑していないとのことだし、検査会場が近めなのは良かった。

 保健所からの電話(優しい声の若い女性でした)では、公共交通は使わずに、自転車かタクシーで向かってくださいと言われた。タクシーの運転手、大変だなあ。とともに、感染者が乗車した後のタクシーは危険ではないのかという思いも頭に浮かぶ。客を乗せるごとに換気はともかく、消毒はしていないのではないか。当日、お日様燦燦な昼下がりであったので、散歩がてら30分強歩いて検査の場に向かった。

 建物は大きくて、すぐに分かった。予約時間の4分前に到着した。そして、重装備気味の受付の人がいて、名前を伝える。待合室には、15人ほどどよーんといる。これは少し待たされるかと思ったら、すぐに受付番号を呼ばれて奥の個室(いくつかあったはず)で鼻に綿棒を差し込まれて、あっけなく終了。1分もかからなかった。料金は只だそう。気が楽になった帰り道は、全然寒くないし来た道とは別の大回りルートを通る。へえ、こんなところに銀杏並木があるのかとか、目新しい発見ばかり。なにげに楽しかった。これで、後日陽性が伝えられたら、けっこうるんるんだったあの日の帰り道を細い目をしながら思い出すのだろうか。と、ふと思った。はは。

 なお、以上の検査状況は、世田谷区の場合。一緒に面談に行った姉にその件を伝えると、小平市は接触者には検査キットが送られ(到着は数日後らしい)、それを決められた場所に持ってくることを求められるという。しかも、持参可能なのが、月、水、金の9時半〜10時半という“殿様”仕様の時間設定なのだとか。こりゃ、ばっくれる人が出てきても不思議はない。夏に区長が独自にPCR検査をしやすくするとぶち上げたことがあったが(

https://43142.diarynote.jp/?day=20200805

)、これについては世田谷区は恵まれているのかもしれない。

 24日11時すぎに世田谷保健所から電話があり、陰性であることが告げられる。人より新型コロナ・ウィルス感染回避には気を使ってきたつもりだし、具合も普通だし、平気だろうとは思っていたが、さすがに安堵を覚える。15日にはホスピス面談の後、プロ45周年記念のアルバム『Waves』(シンコー・ミュージック)を出す是方博邦さんにインタヴュー(1月9日、毎日新聞夕刊に記事が出ます)しているので、余計に胸をなでおろす。しかし、PCR検査は完全ではないので、29日までは要観察期間となり不要の外出を控えてください。との、こと。これで、年末は死んだふり。なんてこったい。生まれてこのかた、こんな地味な師走は初めてだーー。でも、新たな心持ち、状況を経験できるとポジティヴに捉えよう。お酒にも飲まれず、確実な感染防止にもなるし。そんなわけなので、もうぽんぽん原稿を出している。身に覚えのある編集者さん、そーゆーことなんです。みんな、いいクリスマスになりますように。

 トランペッターのチャールズ・トリヴァーと作ったインディ“ストラタ・イースト”(ちゃんと日本盤が出ていた時期もありました)のアルバムを、急にトランク・ルームから引っ張り出したくなったりして……。

 ジャズ・ピアニストのスタンリー・カウエル(2012年3月17日)がお亡くなりになった。オハイオ州に生まれ、ニューヨークを経て引っ越したデラウェア州で死す。なんか難しい名前の病気が死因として出されいる。大家マックス・ローチ他に仕えたあと、1960年代末から意気や視点を持つリーダー・アルバムをいろいろとリリース。やはり、フリー・ジャズ発想を核に置きつつ、いろんな事象とつながろうとした1970年代の活動は印象に残る。

 きっちり音楽教育を受けた人物で、大学で教鞭を執っていたこともある。嫌煙家でタバコの煙がいやでライヴの場を快く思わず、それが音楽教育に向かわせたという話もある。アルバムは随時出していて、フリーダム、ストラタ・イースト、ECM、ギャラクシー、トマト、ディウ、コンコード・ジャズなどいろんなレーベル、さらに1990年前後以降は15作ほどデンマークのスティープル・チェイスからリーダー作をリリースした。

 最終作は、同社発の2019年ザ・キーストン・コーナー・ボルティモアでのライヴ盤。その前作のスタジオ録音作『No Illusions』(Steeple Chase、2017年)は基本アルト・サックス入りのカルテット(リズム隊はレギュラーの、ジェイ・アンダーソンとブルース・ウィリアムズ)でことにあたるが、彼はそこでリズム・プログラムも自らしたり、キーボードをギターっぽく用いたりカリンバも興味深く使う曲もある。などなど、澄んだジャズ感覚と新しい音色やビートに対する興味が交錯する好盤で、まだまだ伸びしろのあったヴェテランであったとぼくは思っている。1度だけでも彼の実演を見ることができて、本当に良かった。

▶︎過去の、スタンリー・カウエル

https://43142.diarynote.jp/201203182145086051/



<今日の、イヴェント>
 終了〜。つつがなく終え、なんか今年最後の課題をこなした気分? 限られた親族で、母親の米寿のお祝い食事会をする。本当の誕生日は来年だが、母親が今年中にやりたいとのことで、この日になった。感染患者が増えているので延期にするとか今週半ばに母は聞いてもきたが、来年どうなっているか分からないし、倍の定員の個室を予約しており、気を使いつつやってしまおうということに。何もプレゼントは持ってこないでとの電話を母から複数回受けたものの、花束を買っていったらうれしそうでそれは良かった。お店のほうから、金色のちゃんちゃこを撮影用に出されたが、米寿のカラーが黄色だとは知らなかった。
 クリスマス・カードの類が届いており、いよいよ師走を感じている。

 現代音楽/アンビエント・ミュージックの作曲家であり、ピアノなども演奏したハロルド・バッドが、Covid-19による合併症のために亡くなった。
 
 82歳であったのか。大学での教鞭色など1960年代からアカデミックな活動をしていたようだが、ぼくは彼がブライアン・イーノのオブスキュア・レーベルから紹介された1980年前後に彼のことを知ったので、イーノと同年代かと思っていた。音響や反復の酩酊感などにも自覚的であった彼は、XTCのアンディ・パートリッジ、コクトー・トゥインズのロビン・ガスリー(2013年1月16日)、ダニエル・ラノワ(2012年1月16日、2013年7月31日、他)、ウルトラボックスにいたジョン・フォックス、PILにいたジョー・ウォブル(別のところに書いた原稿でふれたため当ブログには触れてないけど、2012年のフジ・ロックで彼を見たな)など、ポップ・ミュージック側にいる人たちと絡みもした。

▶︎過去の、ロビン・ガスリー

https://43142.diarynote.jp/201301211104381751/


▶︎過去の、ダニエル・ラノワ

https://43142.diarynote.jp/201201171011033219/


https://43142.diarynote.jp/201308061328468695/



<今日の、各様>
 母親の将来を見越し、荻窪の病院にあるホスピスの面談を午前中にする。こういう場合は、ピアスを外しますね。入るときの検温は、34度代。それは、一緒に行った姉も同じだった。しかし、行き帰りに寒さを感じたなー。まだまだ序の口、この冬を乗り切る自信がありまっしぇーん。。帰りに、天ぷらを食べる。1ヶ月ほど前に久しぶりに天ぷら屋に入り、家で一番食べにくい〜作っても、お店とおいしさに落差がある最たる食べ物〜との話をしたが、本当にそう思うなー。なんか、外で食事をする際、天ぷらモードが続くかもしれない。つけていたマスクを挟む紙片をオーダーを取る際に渡してくれて、そのサーヴィスにはおおいに頷いた。

 アメリカ領サモア系兄弟たちによりカリフォルニア州カーソンで組まれた重量級ヒップホップ・グループの、ブーヤ・トライヴのポール・ギャングスター・リッドの訃報が届いている。享年、52。新型コロナ・ウィルス感染が死因という。今回知ったが、兄のテッドも2018年に55歳で亡くなった。

 当初アイランド傘下のフォース&ブロードウェイから送り出され、日本では小錦関(2008年12月12日)の親戚がいるというセールス・ポイントとともに紹介され、何度か来日している。ぼくも確か1990年代初頭にインタヴューしたことがあって、いかつい体つきの連中だったけど、それは外見だけでほのぼのと取材は進んだ記憶がある。あの頃はまだラップの担い手というとアフリカ系が主で、チカーノやラティーノの担い手があまり紹介されていないなか、彼らは堂々シーンに飛び出していた。

 意外なところで(でもないか)は、フェイス・ノー・モアで絡んだこともあったらしく、マイク・パットン(2005年9月5日)もフェイスブックで彼の写真とともに、簡素ながら愛ある追悼コメントを出した。

▶︎過去の、KONISHIKI

https://43142.diarynote.jp/200812281438093880/


▶︎過去の、マイク・パットン/ファントマズ

https://43142.diarynote.jp/200509061252060000/



<今日の、認知>
 今年は衣服の類をほぼ購入していないんじゃないか。と、ふと気づく。外に出る機会が激減、服や装飾品を買いたいぞという欲求を覚えていないんだろうな。取材も、外に出ずにすむリモートという手段が出たし。先週は、最新EP『2099』を出した在ニューヨークのBIG YUKI(2016年11月20日、2019年1月19日、2019年7月24日)にズームで取材。また、日経新聞からのぼくへのコメント取りもズームでなされた。BIG YUKIはこんなおりストレスのかからない内容にしたかったそうだが、なるほど働きかけ度を導く肉声も目立つ、グルーヴィで明快ないい出来だ。話は弾んだが、彼ってよく通る声をしているんだなー。ロックダウン直前まで、彼はカマシ・ワシントン(2014年5月28日、2015年10月31日、2016年12月6日、2018年8月19日、2019年9月2日)のツアーにキーボード奏者として参加していたんだとか。インタヴューを終えて、在NYのブレインフィーダーなるもののクリエイターとしての、彼の伸長を期待したくなった。
▶︎過去の、BIGYUKI

https://43142.diarynote.jp/201611211717002386/


https://43142.diarynote.jp/201901221615346185/


https://43142.diarynote.jp/201907250901144536/


▶︎過去の、カマシ・ワシントン

http://43142.diarynote.jp/?day=20140528


http://43142.diarynote.jp/201511040742444324/


http://43142.diarynote.jp/201612091513593556/


https://43142.diarynote.jp/201808211635045064/


https://43142.diarynote.jp/201909031830055314/



 菅谷晋一というお名前は知らなかった。1974年生まれの、とっても優しい喋り方をする人。証言者としていろいろ語るザ・クロマニヨンズやOKAMOTO’Sの面々をはじめ、邦楽のアルバム・カヴァーを作るグラフィック・デザイナーとしてとっても有名な方であるらしい。そんな彼を紹介する2020年日本映画を、市ヶ谷・日本シネアーツ社試写室で見る。エポックというのは彼の会社の屋号であるよう。プロデュース/監督/編集は、南部充俊。2021年1月8日(金)以降、新宿シネマカリテほかにてロードショー公開される。

 扱われるアルバム・カヴァーの音楽が使われるとともに、ときに入るほんわかした音楽はPVを作ってもらったことがあるLITTLE CREATURES (2011年5月22日、2017年9月8日、2018年6月2日)の青柳拓次(2007年1月27日)が担当。そのPVは菅谷が作ったクレイ・アニメを使ったものであるようだが、最後の仕上げはPC上であるものの、その前段階において菅谷は油絵を書いたりでっかいオブジェを作ったりし、それをカメラで撮ったデーターを取り込んで最終的にモニターで処理していることが伝えられる。PC上だけでも済みそうなところ、すんごい手間と時間をかけて〜その段階でいろいろとアイデアが煮詰められていくことも示唆〜彼のプロダクツが完成していくことが描かれる。

 彼はアナログ・レコードが好きなようだが、一見無駄とも見えるアナログな所作積み上げの素敵も、この映画は語っているか。そして、それが依頼する側の強い信頼を引き出しているということも……。アーティストの写真をもとに置くジャケット・カヴァーのデザインは映画では紹介されず、そういうのはしないのかと思ったら、レコード・コレクターズ誌のはっぴいえんどのモノクロ写真に着色した号の表紙は、彼が手がけたものなのか。写真は野上眞宏(2015年11月19日)が撮ったものかな。同誌は最近編集長が変わったが、編集長を勇退した佐藤有紀も証言者として出て来る。

 映画は菅谷の面白さや力量を描くとともに、フィジカルの音楽商品の尊さを指し示すものにもなっている。やっぱ、うれしいやねえ。

▶︎過去の、ハマオカモト

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▶︎リトル・クリーチャーズ/青柳拓次

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http://43142.diarynote.jp/201709110843278416/


https://43142.diarynote.jp/201806051311346158/


▶︎過去の、野上眞宏

https://43142.diarynote.jp/201511200934467321/



<今日の、取材とか>
 その後、所属する事務所がある両国でドラマー/作曲家/プロデューサーの福盛進也(2018年1月7日、2018年4月7日、2019年1月5日、2019年6月14日、2019年12月18日)へインタヴューをする。両国というと国技館だが、江戸東京博物館というでっかい建物もあるんだな。古代エジプト展というのも、今やっているようだ。高校時代から米国音楽留学し、その後ミュンヘンに住み、2018年にECMからリーダー作『For 2 Akis』をリリースする彼だが、この度<nagalu>という日本のジャズを海外に発信する新レーベルを設立、その第一弾で自己名義の2枚組『Another Story』は来月にリリースされる。墨絵のような言いたくなる同作は、青柳拓次とSalyu(2011年8月7日、2013年8月11日、2019年10月27日)が歌う曲もあり。風情と間(ま)に満ちる静的だけど雄弁なオルタナティヴ・ジャズ演奏群がそこにはある。今、行き来できないのもののまだミュンヘンにも住居はあるようだが、今後は東京に拠点を置くという。
 青柳つながりから、また先の映画のことに戻るが、菅谷晋一は大学では建築を学んだものの、家業の工場で働いたそう。だが、代官山にあるセレクト・レコード店のボンジュール・レコードのバイヤー募集に応募、落ちたものの同店が組んだCDのジャケットのデザインをしたことが、現在につながる第一歩とか。へえ。
 大昔、代官山のBOYというヘア・サロンでカットやカラーをやってもらっていて、髪をいじりに行くたびにすぐ近くのボンジュール・レコードをのぞいていたことがあった。その後、BOY表参道店ができ、そっちのほうが行くのが楽だったので代官山は晴れたら空に豆まいて に行く夜しか行かなくなり、ずっとボンジュール・レコードにも行っていない。今はその表参道店はなくなってしまったが、そのとき髪をいじってもらっていた後藤くんとは今も付き合いを持つ。何年か前からか、彼は根津の東大弥生キャンパスでAbreuvoirという隠れ家的個室ヘア・サロンをやっており(かつて、この欄で触れたこともあったはず)、お世話になっている。新型コロナ患者急増のおり、今行かないと根津まで行くのはおっくうでずっと髪の毛伸ばしっぱなしかもと思い、急遽両国のあとにやってくれないと話をつけた。入店時に検温と石鹸の手洗いとうがい、そして着席時にまたアルコール液による手の洗浄を求められる。この件については、日々かなりぼくは神経質に対応しているのでうれしく思う。
 その後藤くん(やはり、1974年生まれ)はアナログ・レコード好きで(アイフォン経由でかかる音楽も趣味が良い)よくその話をしていたが、この日は彼のザ・バンドの映画(2020年10月30日)を見ましたかという問いから、その後はずっとザ・バンドの話ざんまい。かかる音楽はザ・バンドの曲群。いや、最高だな。で、脱色した後に金色系に染めるわけなんだが、その際は色が髪に馴染むまで時間を置く必要がある。実は隣に同名の立派なバーがあって、このおり後藤くんは予約がこっちに入ったときはバーのほうもやっているとのことで、待つ時間はバーに移動して、バーボンをぐびぐび。いや、もう最高すぎるな。で、髪の方が終わったあとも、またバーに移りアフターアワーズ的にお酒を楽しんだ。ぼくはバーボンはほぼジャック・ダニエル一択なのだが、ブラントンを勧められて飲んだら、これがまたうまくて頰が緩む。人生のささやかな悦びを存分に受けた晩であった。で、自粛しなよと思いつつ、その後に調子に乗って途中下車してしまうぼく。感染拡大で、これが当面最後の飲食店入店だと思うようにしながら。でも、ぼくと飲みたいと最寄駅まで行きますという奇特な人がいて、それだとむげな対応も……。

▶︎過去の、福盛 進也

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https://43142.diarynote.jp/201804081516393408/


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https://43142.diarynote.jp/201912191314476679/


▶︎過去の、Salyu

https://43142.diarynote.jp/201108101635051749/


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https://43142.diarynote.jp/201910291047462413/


▶︎過去の、映画「ザ・バンド かつて僕らは兄弟だった」

https://43142.diarynote.jp/202010311315187907/



 石橋英子、君島大空、七尾旅人(登場順)が、それぞれに弾き語り。定刻19時開始で、終了はほぼ22時。出演者ごとの間は場内が暗いままで、2分ぐらい(多分)の間を空けて次の出演者が出てきたので、それぞれに50分ぐらいはやったのではないか。みんな楽曲や楽器音と対話しながら自己表現を紡ぐので、それぞれに1曲の尺は長めとなり、1人6〜7曲ぐらいはやったと思う。最後は七尾主導で3人で一緒にやった。渋谷・Bunkamura オーチャードホール。客席を一席づつ開ける体裁を取っていた。

 自己内インタープレイ性に富む、美味しい特殊回路に満ちた個性派シンガー・ソングライターを3人を集めるという企画だ。七尾(2011年1月8日、2011年4月16日、2013年6月6日、2013年11月20日)と石橋(2001年9月22日、2008年1月30日、2010年4月15日、2011年1月8日、2013年5月24日、2013年4月21日、2015年4月9日、2018年10月17日)はかつてぼくも一緒の公演(2011年1月8日)を見たことがあるなど旧知の間柄。キーボードやピアノやサンプラーを使う石橋の見事に漂うパフォーマンスの際に出てきて、七尾は歌ったりもした。石橋は七尾の曲も取り上げる。1995年生まれの君島は石橋と七尾の表現には共感を覚えていたとのことで、彼も1曲七尾の曲も歌った。

 この晩の公演は日経新聞夕刊で書くので、ここでは初めて見る君島大空のことを書き留める。彼の呟くようなギター弾き語り基調表現を最初に聞いた際、まずぼくが思い出したのは七尾旅人のデビュー時の佇まい。洋楽をナチュラルに底に置いた先にある、湧き上がる眩しいオルタナティヴ性みたいなのが重なると思ったのか。

 2番目に出てきた彼はまず生ギターを爪弾き始める。うわ、ギター滅茶うまいぢゃん。それに驚きつつ、その一挙一動に引き込まれる。大げさに書くと、こんこんと泉が湧き出るように、弾き語りが展開される。地声と裏声を用いる歌は淡いが、それはしなやか。曲によってはギターに軽くエフェクトがかけられたり、エレクトロニカ的効果音が重ねられたり、歌にロボ声エフェクトがつけられたり。それらはどれも自然で、今の誘いに繋がり、ひいては君島の高い音楽能力の発露に結晶する。もう、大きく頷いた。

 そういえば、母方のおじさんがサックス奏者で、君島がオーチャードホールに来るのは渡辺貞夫を見に行った小学生いらいとMCで言っていたか。七尾の父親もジャズ愛好者だったんだよな。君島の出番を見た後だと、七尾がわりとまとまり感があるノリでパフォーマンスしたこともあり(あと、歌声がかなり堂々としていると思わされた)、彼がコンサヴァなシンガー・ソングライターであると今回感じてしまったのには驚いた。

 コロナ禍で個人表現はどう広げられるのかという主題を掲げてもいたようだが(石橋と君島はそれに対する言及もMCであった)、興味深くも、いろいろと感じるところがあった公演なり。

▶︎過去の、七尾旅人

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▶過去の、石橋英子

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 パニック・スマイル

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<今日の、なんだかなあ>
 ここのところ、またスパムがやたら多い。その数、今までで一番多いかもしれない。そういうの波があるな。ずっと海外発のものが多かったが、今年に入り国内発のものだけになった。いや、日本語を不器用に使った海外発のものなのかな。チっと思うのは、アマゾンとか楽天とかauとか銀行の通販/カード関連のなりすましのスパム。ロゴとか実在のものをしれっと使っていて、紛らわしい。楽天とか使っていないし、銀行のほうもキャッシュ・カードを持っていないところだったので、それについてはすぐにスパムだと分かり、流せる。だが、2ヶ月前ぐらいのauだかのやつには引っかかりかけた。携帯落としたあとで、再手続きした際にショップの店員の口車に乗ってしまいauのクレジット・カードを作ってしまった後であったことが大きかった。なんか夜中に目が覚めてしまい、PCメールを見たら(ケータイには依存していないので、小さい画面を見るのもイヤだし、そっちは絶対に見ない。外出時に携帯でネットを見る習慣がないぼくは、月に1ギガも使わないんだよなあ……)、auをかたるメールが来ていて、内容は具体的にアップル・ショップでPCとか20数万円の買い物をしてとか記してあり、それがいついつに引き落とされるとかいうもので、頭が少し寝ぼけていたこともあり、それには純に反応。すぐにauに問い合わせのメールを送ったら、調べましたがそういう事実はないとの返信が夜中にも関わらずあった。そういう問いが今多いんだろうな。メッセンジャーで宅配業者を語る配達連絡だましなどもあるらしいが、それもちょうど買い物したあとだと、ほんと紛らわしいよなあ。PC/スマホ熟達者だったら問題ないんだろうけど、なんとかならんか。
 先のauの顛末は、PCの電源を落としていないから、引き起こったことでもある。夜中起きて、わざわざ電源を立ち上げてPCを見ようとは思わないもの。今のPCになってからこの1年強、PCは寝る際に電源を落とさずにスリープ状態でずっと入れっぱなし。今のPCになってから、ずっとそうなの。なんか、タイム・マシーン機能が不調で、原稿を保存しないで電源を落とすと、過去の原稿ワードのウィンドウが100個以上ずらりと出てきて悲鳴状態になってしまい……。マックのタイム・マシーンを使うようになって5台ほどたつと思うが、そういう不備が出るのは初めて。マメな人だと、それを改善しようとするのだろうが、スリープ状態にしていれば問題ない。逆に朝起きて即PCを使えるという利点もあるし、無精なぼくはそれでいいとしている。PCの寿命が短くなるんじゃないのと言う人がいたが、PCは消耗品だと考えるぼくは、乱暴に扱うせいか不備(勢いで原稿を打つので、だいたいキーが複数破損する)が出てきて2〜3年おきに買い換えているので、そんなの気にしねえ。基本、オーディオ・セットとともにPCはぼくの仕事にとって不可欠となるツールであるので、サファリとワードとメイラー とiTunesと写真保存の5つしかその機能は使っていないが、それにはお金をかけていいと思っている。だったら、もっとそれらの機能/使い方を学べという声は、(ぼくの私的アップル・サポートの方から)あがりそうだが。
 そういやあ、昨日の夜、ツイッターが乗っ取られ、へんなレイバンのサングラスの安売りを借りたへんなひっかけが出された。まあ、ほとんどやってないし、フォロワーも少ないし、まいっかと判断。本当はパスワード変えたほうがいいのだろうが、また何かやられたら変えよう。ぼくのツイッターをフォロウしている人は多分無視してくれるでしょう。と、思ったら、今日はFacebookから愛知県からアクセスがあり不正かもと連絡があった。え、昨日に続いてえという感じでダークな気分になり、こちらは画面の求めに従いパスワードをすぐに変える。推奨パスワードにしたんだけどメモることに失敗したので、今度は携帯のFacebookやメッセンジャーにログインできなくなっちゃったー。でも、無精なぼくは当面そのままにするのであった……。オレはそういうやつなんだよと、開き直る。

 ラテンやタンゴなど南米音楽要素を経由する官能とデカダンを浮き上がらせる弦付きアンサンブルである、菊地成孔とぺぺ・トルメント・アスカラール(2005年6月9日、2013年3月26日、2014年9月7日)の15周年を祝うもの。会場は、六本木一丁目・サントリーホールの大ホール。本人はMCで、(コロナ禍混乱期の)特赦のようなもの、という言い方でこの由緒あるクラシックのホールで公演を行う喜びを表す。

 陣容は、菊地(2001年9月22日、2002年1月5日、2002年3月17日、2002年11月30日、2003年6月28日、2004年2月6日、2004年7月6日、2004年8月12日、2004年10月10日、2005年6月9日、2006年1月21日、2007年11月7日、2009年7月19日、2010年3月26日、2011年4月22日、2011年5月5日、2011年7月31日、2013年3月26日、2013年7月27日、2014年2月20日、2014年4月3日、2014年9月7日、2016年10月28日、2017年9月2日、2018年5月13日、2018年7月7日、2020年11月14日)にくわえ、ピアノの林正樹(2013年9月6日、2015年9月27日、2015年12月17日、2016年7月16日、2018年5月13日 、2019年1月7日、2019年10月6日、2019年11月19日、2019年11月21日、2019年12月18日、2020年8月28日、2020年10月29日、2020年11月14日)、ダブル・ベースの鳥越啓介(2000年9月14日、2001年2月15日、2003年3月6日、2008年12月15日、2013年3月26日、2017年9月29日、2018年6月4日2019年4月25日、2019年4月26日、2019年4月27日、バンドネオンの早川 純、ハープの堀米 綾(2005年6月9日、2013年3月26日、2014年9月7日)、パーカッションの田中倫明( 2013年3月26日、2014年9月7日)と大儀見元(2005年6月9日、2006年2月16日、2006年7月10日、2006年8月24日、2011年1月21日、2013年3月26日、2014年9月7日、2018年5月13日)、ヴァイオリンの牛山玲名(1曲、カデンツァ=ソロも取る)と田島華乃、ヴィオラの舘泉礼一、チェロで弦のリーダーの関口将史(2018年12月21、2020年2月9日)。全員、正装。うち、菊地、堀米、大儀見が結成時から残っているメンバーだそう。女性オペラ歌手も構成員に入ることもあったし、近年もそうだったはずだが、この晩はなし。

 ショウの冒頭はバンドネオンや弦カルテットが不穏さを出すような感じで音を重ね合い、その音塊はどこか笙による音群をどこか想起させる。アンサンブルはかなり良好、リハもやったんだろうけど、弦の被さり方もちゃんと機微を知っていますという確かさがあり、近年はこの顔ぶれでやっているのではないのかと思わせる。

 ときどきキュー出ししながら折衷サウンドを掌握し主役は歌い、テナー・サックスを吹き、クラベスやカウベルを叩く。その総体は、菊地成孔のキャラクター・ミュージックとして、確固たる像を結ぶ。その鳴り物のクラーベ音を加える〜こんなにしていたっけか〜が少しKYでうるさい。純な音楽完成度という面から見ればもう少し控えめであった方がいいと思うが、生理としての酔狂さも彼の望むところではあるのだろう。
 
 途中、キップ・ハンラハン(2000年1月12日、2001年5月15日、2011年12月8日)曲をやる。ベースのフレイズはジャマラディーン・タクーマ(2014年7月28日)が弾いていたそれを思い出させ、それだとファースト『クープ・デテ』(アメリカン・クラーヴェ、1981年)に入っていた曲か。その際、菊地はハンラハンがナレーションしていた屈折した詩を日本語訳語りでのせる。クラーベはラテン・ミュージックにの根幹にあってもアメリカ音楽にはないものであり、彼が持つアンチノミーや本来ないものを蜃気楼のように浮かび上がらせるその音楽性をうまく語言化したものと言えるのだが、そういう部分で菊地のペペはハンラハンの影響もあったんだなと今にして思った。

 アンコールは昔のアイドル歌謡曲と007映画の「You Only Live Twice」のテーマ曲のカヴァー。ともに、菊地は歌に専念し、前者は日本語、後者は英語で歌った。

▶︎過去の、菊地成孔とぺぺ・トルメント・アスカラール

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▶過去の、菊地成孔

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▶過去の、林正樹

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▶︎過去の、鳥越啓介

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 phat (オーガニック・グルーヴ)

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phat (オーガニック・グルーヴ)

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 phat

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イースト・ミーツ・ウェスト

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イースト・ミーツ・ウェスト

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イースト・ミーツ・ウェスト
▶︎過去の、堀米 綾

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▶︎過去の、田中倫明

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▶︎過去の、大儀見元

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▶︎関口将史

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▶過去の、キップ・ハンラハン

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http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-1.htm


http://43142.diarynote.jp/201112171635194708/


▶︎過去の、ジャマラディーン・タクーマ

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<今日の、体温>
 500人弱、新型コロナの患者が東京で出た日。ヘタレのぼくは3月下旬から6月上旬まで引きこもりの日々を送ったが〜あの頃は多くの人がそうであったろうけど。会社員の知人たちもテレワークになった人が多かったが、今はそれがそのまま続いているのかいないのか〜、あの時期でも今の半分ぐらいの患者数だったはずであり……。サントリー・ホールの入り口はノンストップで入れた。センサー・カメラを置き、通過する体温を色で表す映像をラップトップで係員が見ていて、入場者の体温をチェックしていたようだ。初夏以降にぼくが入ったホールは厳密に一席づつ間が開けられていたが、それはなし。ただし、マスクを外していた前席のお客さんに係員が2度(開演前と本編終了時)ほど注意していた。前から見ているわけではないのに、どっやってマスク非着用を知ったのか。終演後、友人と会場の横の赤坂アークヒルズの飲食店に入ったが、画面に顔を当てはめて体温チェックをすることをお願いされる。36.0度。35度アラウンドと表示される場合もあり、非接触型のそれは体温が低めに出ると思う。ぼくは家で検温する場合は舌の下に体温計を挟んで測っており、前後に冷たい水やお湯を飲まないかぎりより正確な値が出ているはずだ。ともあれ、ここのところ、飲食店の検温がずぼらになってきているとも感じもするが、これからそれは再び強化されるか。この状況下ずっと自粛気味にあるのは間違いないが、じじいのぼくはより飲食店出入りを自制する方向に出た方がいいのか。飲むとやはり、振る舞いが緩くなる……。とにかく、無症状のキャリアである可能性もあるわけで、他人に迷惑かけることだけはしたくない。検査し陰性であっても、その後に不幸にもすぐにうつってしまう可能性もなくはない。高齢の母親案件のため、かかるわけにはいかない。と、自戒のために、この項を書いた。

菊地成孔QUINTET

2020年11月14日

音楽

 そのグループ名を見て、彼も参画していたONJQ(2002年3月17日、2003年6月28日、2004年2月6日、2004年10月10日、2006年1月21日)の菊地版かと一瞬思った。ようは、ストロングなアコースティック・ジャズをやるのかなと。だが、副題に<sings , plays & scats>と出されていて、そうじゃないなと推測。そしたら、当たり。中川ヨウのプロデュースで、このクインテット公演は今回が初めてとか。渋谷・JZ Blat、セカンド・ショウ。

 菊地成孔(2001年9月22日、2002年1月5日、2002年3月17日、2002年11月30日、2003年6月28日、2004年2月6日、2004年7月6日、2004年8月12日、2004年10月10日、2005年6月9日、2006年1月21日、2007年11月7日、2009年7月19日、2010年3月26日、2011年4月22日、2011年5月5日、2011年7月31日、2013年3月26日、2013年7月27日、2014年2月20日、2014年4月3日、2014年9月7日、2016年10月28日、2017年9月2日、2018年5月13日、2018年7月7日)に加え、ピアノの林正樹(2013年9月6日、2015年9月27日、2015年12月17日、2016年7月16日、2018年5月13日 、2019年1月7日、2019年10月6日、2019年11月19日、2019年11月21日、2019年12月18日、2020年8月28日、2020年10月29日)、ギターの宮嶋洋輔(2014年2月20日) 、ベースのトオイダイスケ、ドラムの秋元修という陣容。リズム隊の2人はけっこう若く見える。ベーシストはハコ型のエレクトリック・べースを弾く。音だけだと音色のはっきりしたダブル・ベースという聞き味だ。

 素材は、オリジナルやスタンダード。洒脱な(それゆえ、ジャズなギター演奏は効く)アコースティック・サウンドのもと、椅子にやんちゃ感を出しながら座る菊地は統合的な肉声表現者として君臨。MCも、それに類する? もう、最初の曲からスキャットかましまくり。おお、これはジャズのお洒落な面を借りての、新たな菊地の肉声表現ユニットであると了解。彼がプロデュースした際、大西順子(1999年10月9日、2007年9月7日、2010年9月30日、2010年12月22日、2011年2月25日、2011年8月6日、2015年9月6日、2018年2月8日、2019年2月17日)に書いた「Fetish」もラップ曲としてやるなど、歌いスキャットする一方でラップも披露する。言葉のあるないはあるが、ラップと旧来のジャズのスキャットを菊地流に同列に置き、宙に舞わせるという指摘も可能か。本編最後の曲はヒップホップ・ビートと4ビートが交錯する曲だった。また、半数以上の曲で、彼はフィンガー・スナッピングを両手でする。それ、ちゃんと聞こえたので、マイクで拾っていたんだろうな。テナー・サックスを吹いたのは、1曲だけだった。

 シャバダバで指パッチンな、菊地の夜であった。

▶︎過去の、ONJQ+

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▶過去の、菊地成孔

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▶過去の、林正樹

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▶︎過去の、宮嶋洋輔

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▶過去の、大西順子

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<今日の、歌声>
 淀みない歌やスキャットを聞き、歌声が堂々としているなと、感じるところあり。ヘタウマ度が減っているのは間違いなく、エンターテインしている感覚は強い。もしかするとチェット・ベイカーが歌った曲もやったかもしれぬが、中性的な歌声で歌う彼の虚無性やアート・リンゼイ(1999年12月18日、2002年9月9日、2004年11月21日、2011年6月8日、2014年10月26日、2015年6月9日、2016年9月1日、2017年6月23日、2018年10月21日、2018年10月23日)の鼻歌的歌唱が持つ根無し草的風情のようなトーンからは離れようと考えるところはあったのか?

▶︎過去の、チェット・ベイカーの映画

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▶過去の、アート・リンゼイ

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 日本の民謡をいろんな洋楽的知識のもと自在に広げる日本人バンド(2017年9月15日、2017年10月21日、2018年1月21日)を三鷹市公会堂・光のホールで見る。近年彼らは海外に活発に出ているが、それもありなん。ぼくも、ワールド・ミュージック視点の日本のバンドはと海外の人から問われたら、まず彼らのことをあげるかとも思うもの。天井の高い場内にはカラフルな提灯や紅白の幕が飾られ、ちょっとしたお祭りキブン。そんなに開放的な場を今年は享受していないので、それだけでうしし。

 ステージ上には、MCを担当するギターをはじめ、10人。シンガー2、キーボード、ベース、パーカッション3、テナー・サックスとトランペットという布陣なり。そうか、彼らはラテン・ミュージック的定石編成に乗っ取りドラムレス編成でことに臨むバンドであったのだな。曲ごとにステージ背後のヴィジョンに曲名とともに○△□民謡という文字が出され、それはたいそうありがたい。青森、福島、熊本とか、どの曲も日本各地の民謡をアダプテイションしているんだな。新曲をやっていいですかと言ってやった曲は「ソーラン節」。さすがにぼくも耳馴染みの民謡だが、それゆえこの晩の面々の演奏を聞くと原曲をいろいろワープさせようと心を砕いているのが良くわかる。スキンヘッドで和装の男性リード・シンガーはハイ・トーンのもと完全民謡マナーで歌うが、彼はどこの流儀をベースとしているのだとうか。曲によっては、ベリー・ダンサーのNourahらも加わり華を添えた。

▶︎過去の、民謡クルセイダース

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<今日の、おいら>
 課題曲を出し、それに合わせて踊る映像を募集していたよう。それをステージ後ろのヴィジョンに流すときもあった。みんな、楽しそうで何より。ぼくも応募したかったと一瞬思った? でもって、歌が下手と言われるより、踊りが下手と言われるほうがイヤかもと発想は飛んだ。

*Big is Beautiful. (大編成による曲を集めました)

Hip to be Square / 熱帯ジャズ楽団
『TROPICAL JAZZ BIG BAND XI - Let’s Groove -』(JVC,2007年)
Too Close For Comfort(Take1) / Count Basie/Joe Williams
『Count Basie Swings--Joe Williams Sings』(Clef,1955年)
Theme Frome “Golden Boy” / Quincy Jones
『Golden Boy』(Mercury,1964年)
North / Pat Metheny
『A Map of the World』(Nonesuch,1999年)
Nunbers / Terence Blanchard
『Malcolm X』(Columbia,1992年)
Stop & Go / 三木俊雄フロント・ページ・オーケストラ
『Stop & Go』(55Records,2013年)
The Duke / Dave Grusin
『Homage To Duke』(GRP,1993年)
Lush Life / 笹路正徳 & LA Allstars
『Afro Blue 』(Sony,2002年)
How Do You Get To Carnegie Hall / Toshiko Akiyoshi Jazz Orchestra
『Carnegie Hall Concert』(Columbia,1992年)
Paparazzi / 狭間美帆
『Journey To Journey』(Verve,2012年)

 語りとギターの山崎円城率いるF.I.B JOURNAL(2009年10月18日、2014年7月23日)の大掛かり版を見に、横浜・サムズ・アップに行く。グルーヴィーさジャジーを両立させた骨組みのもと、英語と日本語の言葉を載せていくとも説明できそうなF.I.B JOURNALだが、見事に行き方が膨らんでいた。この催し、モーション・ブルーで持たれたこともあったらしい。2部性にて。会場は盛況、なり。

 ドラムの沼直也(2000年9月14日、2001年2月15日,2003年3月6日、2009年10月18日、2011年6月5日、2014年7月23日)、ダブル・ベースLittle Woody、オルガンの外池満広(2020年1月10日)、パーカッションのNOBU、テナー・サックスやソプラノ・サックスの金津朋幸、トロンボーンの井登友一、トランペットのicchie、ヴァイオリンの斎藤裕子(acoustic dub messengers)、ヴィオラの手島絵里子(2019年3月16日)、PAの西村光記という陣容なり。そこに語りやヴォーカルの武田カオリとラップのDABO(2006年4月2日)曲により加わる。

 1曲目、山崎円城はワウワウ・ペダルを使い、そのサウンド総体は1970年代初期のブラックスプロイテーション期の映画音楽を思わせる? 他にも、そう思わせるものはあった。2部は外池満広の弾き方もあり、3曲ほどアフロ・ビートっぽいと思わせる。なんにせよ、管3本と弦2つのアレンジは誰がやったんだろう? うまく、作られていた。肉声ゲスト陣の使い方も効果的で、次はどうくるのかなとワクワク接することができた。DABOはさすが、客ののせ方がうまい。彼は1歳半の子供がかわいくてしかたなさそう。飲み会を一つこなしてから会場入りし酔っ払っていたためもあり、ぼくは会場でトップ級に身体を揺らしている人ではなかったか。

▶過去の、F.I.B JOURNAL/山崎円城

http://43142.diarynote.jp/200910201116264673/


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▶過去の、沼直也

http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-9.htm

 phat (オーガニック・グルーヴ)

http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2001-2.htm

phat (オーガニック・グルーヴ)

http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-3.htm

 phat

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https://43142.diarynote.jp/201407261219061857/


▶︎過去の、外池満広

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▶︎過去の、icchie /YOSSY LITTLE NOISE WEAVER

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▶︎過去の、手島絵里子

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▶︎過去の、DABO

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<今日の、認知>
 もしかして、今年初めての横浜か? いやはや。行きの特急、武蔵小杉でたくさん人が降りて、座ることができる。あーここから徒歩25分のところにある等々力競技場に川崎フロンターレの試合、一度は見にきたかったな。もう涼しくなっていまい、虚弱なぼくは風邪をひくのがこわくて、晴天昼間の試合以外は見るのは無理だ。今日午後、中村憲剛の今季終了後の引退が発表された。40歳という年齢を知ると致し方ないのかもしれないが、怪我から復帰して昨日得点したばかり。今年のフロンターレはJ1で常軌を逸した強さを誇るが、それは大学卒業後ずっと在籍した彼の功績は小さくないはずだ。今日の毎日新聞には、J1が試合数の75%をこなし今年のリーグ戦が成立したことを伝えていた。また、同じく1面と4面全部にわたり、日本でワイン事業にあたる米国人のことが紹介されていた。へえ、知人の結婚パーティで訪れたことがある栃木県のワイナリーで現在は北海道に活動の場を移した彼は働き、その基礎を作ったのか。同所はミュージシャンを呼ぶ催しをすることでも知られますね。

 オルガンやリード楽器やアコーディオンを担当する1937年生まれのガース・ハドソン(2013年8月2日)。歌とドラムやマンドリンンのリヴォン・ヘルム(1940〜2012年)。ピアノと歌とドラムのリチャード・マニュエル(1943〜1986年)。歌とベースその他のリック・ダンコ(1943〜1999年)。ギターと作曲のロビー・ロバートソン(1943年〜)。この5人が、ザ・バンドのオリジナル・メンバー。そして、ヘルム以外はカナダ人だった。3人が鬼籍入り、浮世離れしているハドソンだけは存命だが、ロバートソンの話で映画は進められる。その語りは2017年に撮影されたようだが、かなり若めに映っていてなにより。彼が「Testimony」という回顧録やコンピレーションを出したのは、それより少し前だったっけ。

 旧いロックに関してぼくは、まずザ・ビートルズとザ・ローリング・ストーンズ。そして、ザ・バンドとリトル・フィートという人。その次はトッド・ラングレンや10cc /ゴドリー&クリームとかのポップの魔法を出した担い手を出したくなる? そりゃ楽な姿勢で見たけど、冒頭の「アップ・オン・クリップル・クリーク」のスタジオ演奏映像から、生理的には背筋をピンと伸ばして見入りました。

 まだ20代だというカナダ人のダニエル・ローアーが監督した2019年カナダ/アメリカ映画「ザ・バンド かつて僕らは兄弟だった」(原題「Once Were Brothers: Robbie Robertson and the Band」)を、渋谷WHITE CINE QUINTOで見る。製作総指揮はマーティン・スコセッシとロン・ハワードという有名映画監督が務める。「Once Were Brothers」という曲は、映画公開に合わせて出したロバートソンの新作『Sinematic』(UMe /Universal,2019年)に収められている。

 冒頭の3分の1ほどは、映画「ランブル」(2020年3月26日)ともリンクするロバートソンの生い立ちやロバートソンが中学中退のような感じで身を投じ、ロニー・ホウキンスやボブ・ディランのバック・バンドをザ・バンドのメンバーたちとしていた時代に割かれる。あの下積み時代に、ザ・バンドのブラザーフッドが築かれたといことが、そこで示される。

 しかし、正式デビュー前のディランとのツアーは行く先々で本当に非難轟々の反応を観衆から受けまくりで、ザ・バンドのメンバーたちは精神的にたっぷり疲弊したよう。途中で、ヘルムはそれで音楽をやるのがイヤになりバンドを抜けてニューオーリンズの油田で働きだし、ロビー・ロバートソンはステージ恐怖症となり催眠術を受けてザ・バンドの初期ライヴをしたなんて、話も出てくる。フォーク時代のディランのファンって……。なんか、マイルズ・デイヴィスの電気路線転向後の当時のジャズ・リスナーの困惑と重なる部分があるかもしれないと思った。

 ロバートソンの奥さんはやはりカナダ人で、1966年だかディランのサポートでパリに行ったときに偶然出会いナンパして、米国に呼び結婚したそう。証言者として、彼女もけっこう出てくる。今はセラピストをしているようだが、知的な感じの人ですね。そんな彼女にロバートソンはぞっこんで、妻と子供達を優先させるクリーンなロバートソンと、酒と薬に明け暮れる他のメンバーたちとのスタンスの乖離が友情が崩れる大きな理由になったことがあげられる。超越感のあるハドソンがどっち側の人間であったかは不明だ。

 リヴォン・ヘルムやジョージ・ハリソン(1943〜2001年)の発言映像が出てきたりもし、けっこう昔の材料も用いられる。ロニー・ホウキンスはヤクザなじじいで本当にいい感じ、笑かす。まじにザ・バンドに入りたがったエリック・クラプトンが証言者と出てくるのは当然として、ぼくが魅力を覚えることができないブルース・スプリングスティーンがザ・バンドのファンであるのは初めて知った。彼の「ロック界最高のソングライター(ロバートソン)と最高のシンガーが3人(ヘルム、マニュエル、ダンコ)いた無敵のバンド」というようなコメントはまったく的を得ている。そこに、付け加えるなら、ギターを弾くロバートソン以外は楽器を持ち替えたりもし、最高の手作りロック・サウンド創出を行なった集団であったということか。作曲印税が入るロバートソンと、おれたちの集団アレンジや演奏があったことで曲は実を結ぶと考えたヘルムらとの考え方の相違があったことも映画は伝える。

 あれ、そうだったのということはいくつも紹介されるが、グレイトフル・デッドとザ・オールマン・ブラザーズとザ・バンドの3組が出た1973年7月の野外コンサート〜60万人だか米国音楽史上一番観客を集めたフェスと言われる〜のワトキンスグレンのことにも触れて欲しかった。どんな感じのものだったんだろ?

 一番そうだったのかあという情報は、アサイラム・レコードを作ったデイヴィッド・ゲフィン(彼も1943年生まれ。やはり、証言者として出てくる)がディランと関係を持ちたくて、ロバートソンにアプローチしたという件。それが功を奏し、ディランは1974年にザ・バンドと一緒に全米ツアーを行い、そのライヴ盤とザ・バンドがサポートするスタジオ録音作をアサイラムは1974年に出した。最初にロバートソンと会った際にゲフィンは「マリブはいいよ、引っ越しなよ」と誘い、ロバートソンはそれに従い西海岸に引っ越してしまい、「マリブは最高〜、満喫ぅ」との発言も出てくる。他のメンバーは東海岸のウドストックに住み続けたわけで、それも1976年の解散につながっているのは間違いない。また、引っ越ししなかったら、ハリウッドの住人であるスコセッシともロバートソンは知り合うことはなかったかもしれない。その後も、ゲフィンやDGCなど大きなレーベルやドリームワークスという映画の会社を司るデイヴィッド・ゲフィンだが、ちょい罪作りな人だな。

 スコセッシが記録映像の監督をした、実質解散豪華公演「ザ・ラスト・ワルツ」の場面までが語られる。それ、映画を撮る都合で東海岸ではなくサンフランシスコでやることになったのか? 今、改めて考えると、場の必然性はないよな。そして、映画の最後には、各メンバーのかつての家族写真が出される。なんか、救われた気持ちになる。……とにもかくにも、不世出なバンド。いろいろズシンときて、映画を見たあと、飲みに流れずにはいられなかった。

▶︎過去の、ザ・バンド関連の記載

https://43142.diarynote.jp/201204221307297965/

下の方の<>内

https://43142.diarynote.jp/201308110826574632/

ハドソン夫妻

https://43142.diarynote.jp/201909011034527807/

ザ・ウェイト・バンド
▶︎過去の、ストーンズ関連

http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-3.htm

3月15日

http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2003-3.htm

3月13日(バック・バンド)、15日

https://43142.diarynote.jp/201904200941516964/


▶︎過去の、リトル・フィート関連

http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2000-12.htm


http://43142.diarynote.jp/201205301327209613/


https://43142.diarynote.jp/201909011034527807/


https://43142.diarynote.jp/?day=20191031

ポール・バレル訃報
▶過去の、トッド・ラングレン

http://www.myagent.ne.jp/~newswave/LIVE-2001-11.htm


http://www.myagent.ne.jp/~newswave/live-2002-9.htm


http://43142.diarynote.jp/200804081929500000/


http://43142.diarynote.jp/201010111257003810/


▶過去の、10cc /ゴドリー&クリーム関連

http://43142.diarynote.jp/?day=20100523


http://43142.diarynote.jp/201208091454209002/


https://43142.diarynote.jp/201501251406119601/


▶︎過去の、映画「ランブル」

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▶︎過去の、エリック・クラプトン

http://43142.diarynote.jp/200611221236140000/



<今日の、渋谷>
 さて、またハロウィーンのシーズンですね。警察官大集合という感じで、たくさんの警官を見かけた。ウィルス感染が気になるおり、今日はそれっぽい若者は見かけなかったが、ちょうど土曜と重なる明日が本番。どうなるでしょう。
 ところで、映画館は渋谷パルコの8階にあった。新開店した渋谷パルコの中には初めて入る。好奇心が減衰していると考えるべきかとも一瞬思ったが、客のターゲットはぼくよりもずっと年下だろうし、そんなもんだよな。ところで、昨日の毎日新聞の夕刊1面に映画「鬼滅の刃」が大ヒットしているというでっかい記事が掲載されていた。そういうマンガがあるのは知っているものの、ちゃんと見たことはなく、その映画にもまったく興味がないぼく……。かなりすいていたザ・バンドの映画を見た後、オレってずれているのかと一瞬考えたが、多様性とはそういうものであり、大切にすべきこと。それが許容されなくなったら、そんなに恐ろしいことはない。

 今年早々にアルバム『Time Remembered』(Days of Delight)を出した須川崇志のリーダー・トリオのライヴを見る。丸の内・コットンクラブ、ファースト・ショウ。

 ベースの須川崇志(2010年3月14日、2011年7月25日、2016年6月27日、2017年6月21日、2018年1月19日、2018年4月7日、2019年3月29日、2019年12月14日、2019年12月20日) にくわえ、ピアノの林正樹(2013年9月6日、2015年9月27日、2015年12月17日、2016年7月16日、2018年5月13日 、2019年1月7日、2019年10月6日、2019年11月19日、2019年11月21日、2019年12月18日、2020年8月28日)、そしてドラムの石若駿(2014年9月26日、2016年6月27日、2016年7月21日、2016年9月4日、2017年6月21日、2017年7月12日、2019年1月21日、2019年3月16日)という3人による。

 オープナーは、そのアルバム・タイトルにもなったビル・エヴァンス(ピアノ)曲を演奏する。あぁけっこうメロディアスに行くんだな、と感じる。須川は個人としてはけっこうフリー・フォームに流れるというイメージを持つがゆえに。それはともかく、そこからこの顔ぶれならではの窓を持つ演奏を開き、流れていく。途中まで、曲を続けて演奏。そして、なんと真ん中の3曲だかは、須川はエレクトリック・ベースを手にする。ぼくは、彼が電気ベースを手にする姿を初めて見た。

 PC用の近くに焦点を合わせた眼鏡をかけたまま出てしまったため、それがフレッテッドかフレットレスかはよく分からず。音色で判断するにフレットレスだったのかな。彼は曲の頭に足元のエフェクターをいじり、電気的な異音を出しもする。この場合、石若はクラブ・ミュージック的な叩き口を持つドラミングにシフトし、そこにまた異化以下を加える林のグランド・ピアノ音(いつもより少しリヴァーヴをかいしていたかもしれぬ)がいい感じで、もう一つの現代ジャズを提示する。うわー、おもしれー。

 15分だか20分のその電気ベースを弾くブロックを終えて、須川はやっとMCをする。そして、その後はまたダブル・ベースを弾くアコースティック路線に戻るが、先のエレクトリック・ベースを弾くセットを経た後だとまた新鮮で、興味深い。これは、一粒で2度美味しい。MCによると、この7月にこのトリオの新作をすでに録っているそう。そして、そのとき録っていない新しい自作曲も演奏する。曲は3人がオリジナルを出し合い、さらにはケニア人シンガー・ソングライターのアユブ・オガダや2000年以降ずっとウィンター&ウィンターからアルバムをリリースしているドイツ在住のヴェテラン・ピアニストである安田芙充央の曲を演奏もした。アルコ弾きは1曲で披露したかな。

▶︎過去の、須川崇志

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▶過去の、林正樹

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▶︎過去の、石若駿

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<今日の、どうでもいいこと>
 乾燥がいやで長年、加湿器は使っていた。電気ポットを平たくしたようなものをはじめ、いろんなタイプの加湿器を使ってきたよなー。だが、ここ数年は歳をとって面倒臭がりになっているのか、トランク・ルームから引き出さず、加湿器を使わないできた。あ、コードが見当たらなかったんだっけ? 雑になっており、別になしでも平気じゃんという思いがあった。しかし、この状況下では湿度は低くないほうがいいだろうと考え、ハイブリット型のものを購入。やはり、デザインをはじめ、新しいものはいいよねという思いを得る。でも、一度湿度を設定したら、そのまま使うのでリモコンはいらないよなあ。とともに、切タイマーがついているのにも?。寝ている間の湿度ケアこそ肝要であると思うので。

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